ART WORKSみみ つぐみの作品

Biography / Statement

絵物語作家/挿絵画家
美巳 亜水(みみ つぐみ)

1980年生まれ。山羊座。岩手県遠野市出身。
2006年、武蔵野美術大学油絵科卒。

幼少期から「絵を描くこと」を好み、小学生時代にあらゆる画材を試し始める。また、中学時代、人生を変える美術教師に出会ったこともあり、美術の道を志し始め、10代前半から様々なコンクールや展示会に出展。そのほかにも、ファッション画や漫画などにも強い興味を抱き、没頭する。

高校時代は服飾への興味から、当初はファッションデザイナーになりたいと考えていたが、修学旅行でフランスを訪れた際にパリ在住の日本人画家に出会い、「画家という生き方」に魅了され、心が揺れる。揺れ動く心のはざまで考えていたのは自分自身が目指すべき生き方、作品の世界観。そして、社会に対して何ができるか、そこにアートは太刀打ちできるのか、ということ。その後、武蔵野美術大学への進学を目指し、受験準備も兼ねて作品を生み出し続ける。それまでと異なり、目に見えない、「想像の世界」を描き始めることとなる。この頃の作風がのちの作風に大きく影響する。

武蔵野美術大学に合格。選んだのは油絵科だった。大学時代は生活費を稼ぐためのアルバイトとゴミ拾いのボランティアに積極的に参加する。その延長線上で、大学3年生のとき、急速に都市化が進んだモンゴルのウランバートルを訪れる。「ゴミをちゃんとゴミ箱に捨てる文化を伝えにいく」ということが目的だったが、ゴミ箱を設置しても、ストリートチルドレンがそのゴミ箱を「鉄」として人に売ってしまうという現実に直面。問題の根幹は外の人の手ではなく、当事者の気づきによってしか解決しないものだと知る。想像以上に根深い真理だった。

また、同時期に「社会起業家」に興味を持ち、将来は企業として社会に貢献したいと願う。さらに、大学3年生の頃からインターネットの可能性に感銘を受け、それらをどうミックスさせれば現在世界が直面している問題を解決できるのかについて模索し始める。大学時代は心の赴くままにアルバイトやボランディア、環境改善のためのNPO活動などに積極的に関与するも、体調を崩し、あっけなく留年。大学院に進んだわけでもないのに大学5年目が決定し、25歳で卒業。

卒業後、制作系のベンチャー企業に就職。部長のアシスタントとして資料作成、営業、webやパンフレットのデザインまで、幅広く業務をこなす。その後、転職。それまで、どちらかというと女性が多い環境に身を置いてきたが、社会に出た数年過ごしたことで想像していた以上に「世の中が男性社会である」ということを実感する。所属していた部署では能力の高い女性も多く、そんな女性たちがもっと自分の心の声に従って行動できるようにするにはどうしたらいいんだろうと考えることも。

一方で、社会人になって1年目には、アンティーク着物の文化に惹かれ始める。給料の大部分をアンティーク着物に投入し、普段の生活の中で着るようになる。自分自身が着物を着て過ごすうちに、もっと多くの女性たちがファッションとしての着物の楽しさを身近に感じられるような世の中になったらいいなと願うようになる。

それらの経験、また、自分自身の結婚・出産を経て、現在では独特の世界観を持つ絵本作家として東京を拠点に活動する。学生時代に「ゴミ」に興味を持って以降、しばらくのあいだ「風化していく作品(installation)」を作っていたこともあり、現在の作品の多くに「破壊と再生」という隠しテーマが潜んでいる。また、戦場の焼け野原に咲き、3日で散ると言われている花「ポピー」にはことさら思いが深く、作品の中で描かれることが多い。また、同様の理由から「土に還るアート」「緑と都会の融合した世界を描いたアート」などを制作することに意欲を燃やす。一貫して自身が魅了されたものからインスパイアされて生まれた作品群には、社会に向けての願いが深い視点から表現されている。

(文・松本えつを)

 

アーティストステイトメント

「母性と少女性」をテーマに絵本と絵画作品を制作しています。
私が考える「母性と少女性」は、遺伝子によって宿命づけられているプログラムです。
生物的な「子宮を持つ女性」は、ある時期になると初潮を迎え、種が植えられると妊娠し、またある時期になると閉経する。
それはもう、自動的に。
地球上に存在する生物のほとんどがその生殖のプログラムを中心に生きていますが、
人間だけは、プログラムと付き合いながら自分の生き方を自ら決定できる。
私自身が自分に宿命づけられたそのプログラムに気がついたのは、第一子妊娠のときでした。
また、一度は諦めた作家の夢に向かって行動することができたのも、私の子宮から生まれてきた息子のおかげでした。

私の作品は、色鉛筆やアクリル絵の具等、様々な画材で生み出されます。それは多彩な女性の行き方を表現したいからです。
私の作品を通して、すべての女性が文化的役割にとらわれず、生殖のプログラムとうまく付き合いながら
自分の生き方を考え行動するきっかけになればいいと願っています。

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